COLUMNコラム
「塩って差別化できるの…?」老いた男性が作り続けた天然塩を引き継いだ若手社長 価格3倍にしても歓迎の理由とは
日本海に面した過疎の町で、年老いた男性がほぼ1人で30年近く作り続け、料亭などで密かな人気を集めてきた天然塩があります。しかし、後継者がおらず、生産は危機を迎えていました。そんな天然塩の事業を、京都市内のデザイン会社経営者が引き継ぎ、今年2月、新たなブランド「丹後絹塩(きぬしお)」として再スタートさせました。漁村の零細事業を、なぜデザイン会社が引き継いだのでしょうか。
目次
「単純な塩辛さ」とは違う
「弁当忘れても傘忘れるな」と言われる、雨雪の多い土地柄の京都府京丹後市。池田龍彦さん(76)は、1990年代後半から、「夕日ケ浦」と呼ばれる風光明媚な海岸の海水で塩を作ってきました。地元の浦島太郎伝説にちなみ、「太郎塩」と名付けて販売してきました。
日本海の海水を使った塩は、市販の食塩の「単純な塩辛さ」とは異なり、ほのかな甘みを含んだまろやかな味が特徴です。地元の料理旅館や料亭、飲食店、直売所などで評判を呼び、常に生産分は売り切れるほど愛されていました。
しかし、池田さんは年齢を重ね、体力勝負の仕事をいつまで続けられるか分かりません。後継者を探していましたが、「技術を学びたい」という人はいても、経営まで含めて引き継いでくれる人は中々見つかりませんでした。
「あれ、塩辛くない」ブランド化の可能性
「京丹後に面白い会社があるよ」。昨年1月、京都市内のデザイン会社「マーケデザイン」の小林弘幸社長(54)は、知人に声をかけられました。知人はホテル関係の仕事で、太郎塩を取り扱っていました。
企業のブランディング事業をしていた小林さんは、知人から「一緒に見に行って、ブランディングして、後継者に渡してあげない?」と言われ、昨年2月に池田さんを訪ねました。
「塩は差別化も難しいし、どうかな…」という思いはありました。しかし、池田さんの塩をなめてみると、「あれ、塩辛くない」。確かに市販の「食塩」と味が違うことがはっきり分かりました。
23年6月ごろ、小林さんは、産地が分かりにくい「太郎塩」を「丹後絹塩」という新ブランドにすることや、パッケージデザイン、ロゴを提案しました。また、釜を増やして生産を増やし、ブランド塩の産地を目指す仕掛けを考え、池田さんに伝えました。
すると、池田さんから「小林さんがやってよ。俺、もう引退だから」と言われたのです。
故郷「メガネの聖地」のように
小林さんは、メガネの全国シェア95%以上で知られる福井県鯖江市出身で、父親も眼鏡工場を経営していました。幼い頃、祖父から「人に使われる人間になるな」と言われていたこともあり、経営者を志しつつ、大阪の大学に進学しました。
その後、京都市のびんを洗浄する企業に勤めます。瓶洗いは、ペットボトルの出現により、衰退は明らかでした。社長と共に、ほとんどの事業をリニューアルし、入れ替えていきました。
そして2021年、小林さんは独立し、デザイン会社「マーケデザイン」を設立します。デザイン会社ですが、企業ブランディングや新しいマーケットを探すなど、企業に伴奏する支援を始めていました。
池田さんの塩をブランディングするとき、小林さんはふと、故郷を重ねました。鯖江市のメガネ生産額は、バブル以降にいったん急落しました。でも、不況を乗りこえて生き残った企業がブランド化を進め、2010年代半ばから再び売上げを伸ばし、「メガネの聖地」と呼ばれるようになっていました。
「鯖江のメガネや、今治のタオルみたいに、丹後の塩も「聖地」を目指せるかもしれない」。可能性を感じ、承継する決意を固めました。
製法はそのままに
池田さんの塩作りは、一般的な製塩で使われる濃縮した塩水は使わず、大釜で海水を煮詰める「平釜炊き」です。海水を汲む場所も決まっていました。こうした製法は、そのまま引き継ぎ、釜を1基増やすことにしました。
一方で、名前は提案通り「丹後絹塩」としました。池田さんは「太郎塩」を残したい気持ちがあったといいますが、ブランド確立のためでした。
2023年10月、小林さんは株式会社「丹後絹塩」を立ち上げました。社員が製塩をするほか、京丹後市で同じ製法で作った塩を買い取り、全国、全世界へ販売する仕組みです。既に、この動きに呼応した若者数人が、塩づくりを志し、京丹後市に移住し始めています。
値上げ、反発されるどころか…
そして、小林さんは大幅な値上げに踏み切りました。丁寧な製法と高い品質を担保するため、相応の価格でなければ、ブランドは維持できません。「丹後絹塩」は、「太郎塩」の約3倍に引き上げました。「そんな高くして、ばかにしてるのか」などと、取引先から反発が来るかと思っていましたが、反応は意外なものでした。
ある販売店からは、「『丹後のお土産』として持ち帰ってもられるものができた」と喜ばれました。「丹後絹塩」というネーミングもさることながら、評価されたのはデザイン性の高いパッケージや価格でした。
お土産は、一定以上の価格帯でなければ、贈ることもためらう心理が働きます。「どうしても、地元の人だと安く売ってしまう。いい土産になりそう」と言われました。また、干物店からも「高級塩の丹後絹塩を使っているとPRしたい」と評価されました。
小林さんは「京丹後で一番給料が高く、納税する企業を目指す」と目標を語ります。「単に、塩をたくさん売りたいわけではない。ブランドを確立して京丹後を活性化し、『メガネの聖地・鯖江』のようにしていきたい」と夢を語ります。
丹後絹塩は、Amazonや京丹後市の道の駅「丹後王国 食のみやこ」で購入できます。
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