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「売れる物を追求したとき、作家性はあるのか」 京都の一流織物企業の挑戦、かわいいミッフィーへの「躍動と解放」とは  

祇園祭の山鉾の装飾や歌舞伎座の緞帳など一流の美術品からミッフィーとのコラボ商品まで、斬新な事業を手掛ける京都の龍村美術織物。初代龍村平藏の「創造と復元」の精神を受け継ぐ龍村育社長は、父の急逝によって五代龍村平藏も襲名することとなった。織物業界の売り上げがかつての10分の1といわれる中で、父から託された織物産業の立て直しに取り組む龍村社長。経営と作家性の両立をどう実現していくのか、織物の技を次世代に受け継ぐための挑戦について聞いた。

「マーケットイン」と「プロダクトアウト」の葛藤

人気キャラクターミッフィーとのコラボ商品(写真提供:株式会社 龍村美術織物)

─10年ほどは経営に注力しようと考えていたのに、四代平藏だった父・龍村清さんが亡くなり、五代平藏を襲名されました。どんな心境だったのでしょうか

2022年に父が亡くなり、2024年に五代平藏を襲名したのですが、非常に重みがありました。社長になって5年で、表現と経営の両方をやらざるを得なくなったのです。

龍村平藏は、西陣織の中ではそこそこのブランドネームです。好きなものを作れるという意味では喜びはありますが、自分が言えば何でもその通りに動いてしまう。

当然責任が伴います。販路やPRも含め、最終的な判断を全て求められます。

初代平藏も、「芸術と経済の戦争」という言葉を残しています。企業の作りたいものを作る「プロダクトアウト」か、売れるものを作る「マーケットイン」か。非常に難しい部分です。

売れるものを作るとなると、「そこに作家性はあるのか」という問いが生まれてしまうのです。

─長く続くものづくり企業ゆえに、変えることの難しさもあると思います。それでも「変えるべきだ」と思う部分はありますか

父が平藏だった頃から、口出しはしないけれど思っていることはありました。帯は創業時からやっているので、「龍村美術織物の帯とはこういうものだ」という感覚が染み付いているんですね。ステレオタイプで古臭い。

私よりずっと若いデザイナーでさえ、なんとなくそれを踏襲しています。「なぜそんな色を使うのか」と思うようなデザインをもってくるので突き返すと、少し考えて、また似たような別のデザインをもってくる。染み付いたものを変えるのは大変です。

けれど、もっと売り場や販売会に足を運び、お客さんが買っているところを見て感じて、研究したほうがいいでしょう。

もっと「アート」に振ってもいい

帯のデザインを使った人形(写真提供:株式会社 龍村美術織物)

─各代の平藏の仕事をどのように見ていますか。また、「変えてはいけない」と思うのはどの部分でしょうか

二代から四代の平藏は、初代を超えようとしたけれど超えられなかったと思っています。次は私が初代を超えられるかどうか。

帯でいえば、100年売れ続けるベストセラーがあるのですが、それを超えられれば、初代を超えたといえるのかもしれません。

また初代は、帯をやりつつ美術品の復元や緞帳、航空機のシートなどの事業を展開しました。私はそこを非常に尊敬しています。

二代から四代までは帯に戻ってしまって、ほかの事業を継続していたものの、次の一手はなかった。生意気かもしれませんが、ダイナミックさに欠けていたし、経営者としても、ものづくりの観点からも、新しさがなかったと思うのです。

「美術織物」ですから、今後はもっとアートに振っていきたい。そのためにも、古代裂の復元は必ず続けていきたいですね。

昔の織物を探究することで新しい発見があり、現代の人の心を豊かにする織物や、多様な表現ができます。また、自社でデザインから納品まで手掛けるものづくりの体制も、変えてはいけない部分です。

─アートの事業展開としては、どんな可能性があるのでしょうか

一つはアートパネルです。いくつかの海外のハイブランドから関心を示され、実際に京都の百貨店でも、フランスのハイブランドの内装に弊社の織物が使われています。わざわざ工場に見学に来られました。

こちらからはフランスの人が好みそうな洗練された図案を提案したのですが、全部はねられ、その辺に置いてあった帯の試し切れを「これがいいわ」と。日本らしい松の柄でした。

そう考えると、「龍村はこうあるべき」は、ある意味当たっているかもしれません。色や糸は変えましたが、構図を変える必要はなかった。

日本のデザインは海外の人から見れば新鮮でしょうし、ハイブランドのパネル一つにも、変えるべきものと変えざるべきものが共存しています。

もう一つ、違ったジャンルの作家や職人と組み、織物の良さを引き出せるような商品をアートとして売っていく新しい試みも始めています。

ガラスや陶器などの異素材と組み合わせたり、デザインとして、和装の柄を活用してもらったり。さまざまな作品があります。

ミッフィーとのコラボ?意外な挑戦

─新機軸でいうと、人気キャラクター「ミッフィー」とのコラボ商品もありますね

「価格を下げず新しい層にアプローチしたい」という思いから生まれたものです。30代の女性社員が「ミッフィーはどうか」とアイデアをくれたのに、恥ずかしながら私は、ミッフィーがそれほど人気だと知らなくて。

一人大反対しましたが、私以外は盛り上がっていたので「そんなに言うならやってみようか」と。弊社のにおいがする吉祥柄などと組み合わせてみたところ、すごく売れました。

クオリティを保ち、織物業界を長続きさせるために、あえて金額は既存の商品と同じにしたのですが、若い人にも受け入れてもらえたのは大きかった。弊社の商品を知ってもらうきっかけになり、また、他のキャラクタービジネスの人から声をかけてくださるなど、広がりも出てきました。

異業種と組むことで、双方が新しい顧客を開拓できる可能性を示せたのではないでしょうか。

─ご自身のテーマとしては、「和の躍動、和の解放」を掲げておられますね

培ってきた技術に、美的センスを加えて躍動させたいという思いがあります。既存の概念は大事にしつつ、一旦フラットにして組み直し、解放していく。弊社の織物やデザインを使って新しい道を拓き、広い世界に発信していきたいのです。

海外では日本が注目されていることもあり、海外の展示会や見本市にも本格的に出ないかと、声を掛けていただいています。市場の反応を見ながら、さまざまな分野とのコラボレーションも進めたいと考えています。

着物需要、V字回復しないからこそ

─着物を着る人が減っていますが、今後の事業展開をどのように考えておられるのでしょうか

京都は特にそうですが、温暖化が進み、年々着物に適さない気候になってきています。和装がV字回復することは考えられず、今後はきっと、より上流階級の方々のたしなみになっていく。その点では、弊社はさらに高価な商品を出せるようになります。

インテリアも、ラグジュアリー空間やホテルライクな生活を演出する流れはしばらく続き、商機はあるでしょう。雑貨部門は課題ですが、流行に敏感な外部のデザイナーを入れたり、織物と革やメタルと融合させたり、「ザ・和雑貨」のイメージから脱却した商品もつくっていきます。

インバウンドのお客さんには、「体験」を売りにしたい。織機に座って織る体験などを提供できれば、高価な商品も、熱量がある中で買ってもらえるかもしれません。先代のときには「見せない」方針で工場に人を入れなかったけれど、「見せる」方針に変えていきたいですね。

今後も、龍村美術織物の価値を次世代に引き継がなければなりません。創造と復元によって、時代に即した商品や価値を提供し続けられるように新しい試みを続けます。

アートは一つの大事な要素ですが、全く毛色の違うことをやってみるのもいいかなと思っています。

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プロフィール

株式会社 龍村美術織物 代表取締役社長 龍村 育(たつむら・いく)氏

1973年、兵庫県生まれ。1996年から2007年まで東京スポーツ新聞社で営業職として働き、父親が社長を務める龍村美術織物に入社。技術部、営業推進部などを経て、2012年に取締役。2016年に常務取締役となり、2019年に代表取締役社長に就任。2024年9月、五代龍村平藏を襲名した。

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賢者の選択 サクセッション編集部

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