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同族・中小企業の事業承継が日本経済を救う/ベンチャーやM&Aを超える「第2創業」の可能性とは~入山教授インタビュー #1【全4回】

日本では毎年、数万社の中小企業が廃業している。2023年は、4年ぶりに急増し、5万9千件の休廃業や解散があった(帝国データバンク調べ)。大きな理由の一つが後継者難で、事業を次世代に引き継ぐ「事業承継」は日本経済の社会課題となっている。「事業承継は『第2創業』」とする経営学者の入山章栄・早稲田大学大学院教授に、事業承継の大切さや成功の秘訣について、4回シリーズで聞いた。

M&A、ベンチャーより同族企業の「第2創業」を

――後継者難で毎年、数万社が廃業するといった問題が起こっています。入山先生は日本の事業承継問題をどのように受け止めていますか?

入山 ものすごい社会問題だと思っています。創業者には一生懸命の思いがあって、その思いから作られた会社がなくなるのは、すごく悲しいことだと思います。しかも黒字経営なのに承継者が見つからず廃業するのは、とても残念なことです。

 一方で、社会の新陳代謝を考えると、いい面もあります。従業員や会社が持っていた技術が、他の会社にうまく活用されれば、日本経済全体としては新陳代謝が生まれます。その点では必ずしも悪いことではないのですが、従業員が他の会社で従来通りに働くというのは難しいのも事実です。承継者が現れ、会社を引き継ぐのが望ましいことでしょう。

――事業承継を考えるときに承継者がいないなら、会社ごとM&Aをしてもらって事業を継続するという考え方があります。最近はM&Aに注目が集まっていますが、どうご覧になっていますか。

入山 良いことだとは思います。日本M&Aセンターなどが頑張られていますが、M&Aの成約は1年間で数百件です。1000件もいっていません。M&Aはもちろん価値はあるのですが、毎年数万件という廃業問題の解決策としては、ほんの一部でしかないのが実情です。

 僕はM&A以外の手段として、会社の経営者が入れ替わり、承継者が若い視点、新しい視点で会社に新しい価値を吹き込んで「第2創業」を実現することが大切ではないかと考えています。その方が雇用の維持ができるでしょう。

また、多くの中小企業の事業はまさに「家業」なので、会社の看板がなくなるのは寂しいことです。(M&Aに比べ)事業承継の方がみんなハッピーになれるはずです。そういう点も含めて考えると、僕は新しい経営者がうまく事業を承継し、新しいイノベーティブな体質に会社を変えられるかが、日本の企業社会の課題解決において「本丸」だと思っています。

――日本ではベンチャー企業が育たないという課題もありますが、事業承継問題の方が「本丸」ですか?

入山 ベンチャーももちろん重要です。しかし日本の企業は99・7%が中小企業で、そのうちのほとんどがファミリービジネス、同族企業なのです。その企業群で第2創業的なイノベーションが起きれば、日本の経済や社会に革新が起きるはずです。

 渋谷などでスタートアップして頑張っている人たちも素晴らしく、ベンチャー企業も重要なのですが、それとは全く違う意味で、中小企業でイノベーションが起きる方が絶対的な価値、インパクトがあると思います。

「教科書」が存在しない事業承継問題

――なるほど。そうすると望ましい事業承継を増やさなければいけませんが、そのために今、足りないものは何でしょうか?

入山 一番足りないものは「知識」と「情報」です。なぜかと言うと、事業承継のほとんどは家業の事業承継です。一つ一つが千差万別で「教科書」がないのです。

 企業ファイナンス理論や投資理論、財務諸表の見方などなら非常に分かりやすい教科書があります。しかし事業承継はいろいろな要素があります。親と子供、つまり事業を手渡す先代と受け継ぐ2代目、3代目との人間ドラマがあり、予期せぬことがたくさん起きます。従って事業承継には分かりやすい教科書はありません。いろいろな情報の中で承継者が自分にあったものを自分の力で考え抜いて選択する必要があるのですが、それがとても難しい。

――教科書はなかなか書けませんか?

入山 中小企業の事業は家業ですから、これまで苦労なさったことをあまり世間に向かって話されていないし、話を聞いてくれるメディアもありませんでした。教科書を書くのもなかなか難しいですね。

――ではどうすればいいでしょうか。

入山 僕は「一般社団法人ベンチャー型事業承継」という組織の顧問を引き受けています。そこでは事業承継者を集めて、成功者と悩んでいる人たちとが情報共有するとともに、僕たちがメンターとなって指導しています。しかし、インナーサークルの情報交換にとどまっています。

 もっとオープンに事業承継の事例、課題、解決法、承継者の悩みなどを紹介するメディアがあればいいと思っています。事業承継で成功するための教科書はないので、事例から学ぶことしかできません。

困っている若い承継者の方々や、継がせたいけれども決断できず悩んでいるお父さんやお母さん、周囲の番頭さん、社員さん、銀行の関係者、事業承継に関わるたくさんの方がメディアから学び、「こういうやり方もあるのか!」「うじうじ悩んでいるのは自分だけじゃないんだ」「こうすればうまくいく可能性があるんだな」と知ってほしいと思います。そういうメディアが必要なのです。

メディアで自分や会社が取り上げられると、経営者本人もやる気が出る。人間に本来ある承認欲求も満たされ、自己肯定感につながって、さらに挑戦しようとするのです。日本には事業承継というものの認知や啓蒙を働きかけ、情報を提供する試みは極めて少なかったのです。

同族企業は「長期志向」のチャレンジができる

――同族企業の承継者というと、ややネガティブな受け止めが社会にはありませんか。

入山 それはまさにメディアの問題ではないでしょうか。同族企業の骨肉の争いや御曹司の不祥事を面白おかしく取り上げることが多いですからね。しかし同族企業の現状はメディアが振りまくイメージとは少し異なります。

 京都産業大学の沈政郁(シム・ジョンウッ)教授らが日本の同族企業について2013年に「ジャーナル・オブ・フィナンシャル・エコノミクス」に発表した論文をみると、上場企業に限りますが、過去40年で同族企業の方が利益率も成長率もそうでない企業よりも高いことがわかります。

 それはなぜかというと、同族企業の方が経営に長期志向があるからです。同族企業でなければ社長は4年、6年で交代します。せいぜい6年先のことしか考えません。企業の変革は10年、20年かかることもあります。社長の任期が4年、6年の人は10年先の未来に責任を持つとは思えません。

それに比べて同族企業は社長の任期が長く、「うちの事業は10年後、20年後はしんどいよね。難しいかもしれないけど、こういう新しい分野に投資しよう」となります。つまりイノベーションに必要な「知の探索」をしようとするわけです。「知の探索」はすぐには成果が見えないことが多く、長期志向が必要です。長期志向がある同族企業の方が、実はイノベーションを生み出す可能性が高く、長期的に利益率も成長率も高いということが言えます。

――同族企業に問題はないですか。

入山 事業承継のガバナンス問題があります。事業承継で問題になるのは、人間ドラマです。「あいつはムカつく」「あいつは馬鹿だ」「やっぱり俺がやった方が良い」といった人間ドラマが起きてしまいます。そんなときに「子供に継がせると一旦言ったら、口出ししちゃだめですよ」と影響力のあるOBや社外の信頼できる人が発言して、一定の規律を効かせる仕組みを作っておくことが大事です。

※こちらの記事は追記・修正をし、2024年2月7日に再度公開しました。

(文・構成/安井孝之)

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賢者の選択 サクセッション編集部

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