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「継ぐつもり、全くなかった」臨床心理士の女性が、父の野菜加工会社を承継した理由 社長就任で「メンタルが驚くほど変わった」

臨床心理士だったとき、父親が経営する会社を継ぐ気持ちは全く無く、「利益を追う仕事は、臨床心理士とは180度逆のもの」と思っていました。しかし、應和春香(おうわ・はるか)氏(39)は、父親の後を継ぎ、野菜加工販売企業「村ネットワーク」(大分県豊後大野市)の社長に就任しました。いま、「大分の野菜畑」と呼ばれる地で、野菜パウダーなどで野菜の可能性や消費量を広げることに尽力しています。父親から事業承継をした経緯や葛藤、事業に対する思いについて、應和氏に聞きました。

両親の口車に乗せられて…

——事業内容を教えてください。

應和 村ネットワークは、野菜の加工・販売を行う事業会社です。カットやパウダーなど、形を変えることで賞味期限を延ばすなど野菜の可能性を広げ、消費量を増やしたり新しい使い方を知ってもらったりすることが目的です。

父が経営していた時は、業務用のカット野菜を地元の学校や病院に卸すことをメインとしていました。今は、一般消費者向けにパウダー野菜(野菜を粉状に加工し、使いやすくしたもの)の事業を拡大していこうと奮闘している最中です。

——事業承継をされたきっかけや経緯を教えてください。

應和  もともと、臨床心理士をしていましたが、私自身の出産・育児をきっかけに、2016年に村ネットワークに入社しました。最初は「子どもが熱を出しても、父親の会社なら融通がきくからちょうどいいよね」と両親の口車に乗せられたんです(笑)。

それから、パウダー野菜の事業を本格的に任され、いつの間にか父が行っていた事業も私が担当するようになり、気づいたら社長というポジションに就いていました。私の兄や夫が継ぐという話もあったのですが、父と折り合いがつかなかったようです。

臨床心理士は「経営に最も向かない」と思っていた

——父親からの承継では、継ぐ側にもさまざまな葛藤があると思います。應和社長に迷いはありませんでしたか?

應和 最初は継ぐ気はまったくなかったんです。入社まで7年間、臨床心理士の仕事に携わってきました。

臨床心理士の仕事は、子育てに悩むお母さんたちをサポートすることであり、自分の利益を追う行為は決して許されません。相談者にも、臨床心理士の力ではなく、悩んでいる本人の力で解決できたと思ってもらう必要があります。

一方で、経営は自社の利益を追う行為であり、お客様に「この商品のおかげで生活が豊かになった」と思っていただくことですよね。臨床心理士とは考え方を180度変える必要があったので、自分には無理だと思い込んでいました。

ただ、承継の話が現実的になったとき、「もし自分の中で納得するプランを組み立てることができるのであれば、やってみてもいいかな」と思えたんです。それが、「パウダー野菜の力で子育てに悩むお母さんたちを助ける」というものでした。

経営者向けのセミナーで「経営とは誰かに価値を提供して幸せにすること」だと教えてもらったのも、経営に対する考えが根本から覆ったきっかけです。

社長になって「メンタルが驚くほど変わった」

——社長になってみて、應和さんご自身が変わったと思うのはどんな瞬間ですか?

應和 社長就任前も、常務として経営に携わっていたので、実務が変わることはほとんどありませんでした。

ただ、メンタルは驚くほど変わりましたね。継いだ当初は、「あなたはどう考えていますか」「この問題はどう判断して進めていきますか」という自分との対話がすごく増えました。鏡の部屋に自分一人だけが閉じ込められた感じです。

自分の会社だということ、そして従業員の人生を預かっているということもありますが、1番は「父の会社だ」というプレッシャーが大きかったのだと思います。

——應和社長が父親から経営を任された1番の理由はどんなものだと思いますか?

應和 私はしばらくの間、外部から会社のことを見ていたので、客観的に物事を判断できたというのが大きいと思います。学校を卒業してすぐ父の会社に入社していたらそうはいきません。

加えて、臨床心理士として経験した、感情に飲み込まれない訓練も役に立っていると思います。

とはいえ、最近、父から経営のやり方について「認められない」と意見されたことがありました。経営について基本的には私に一任してくれていたのですが、事業承継にあたり、父の中でも整理しきれていなかった部分があったのかもしれません。

ただ、父との衝突は再度自分を見つめ直す機会になったので感謝しています。

事業承継しても、何でも引き継ぐ必要はない

——社長に就任して、まず取り組んだことを教えてください。

應和 力を入れる事業の見極めです。村ネットワークに入社して7年、注文の量や社会の動きを見てきて、人的リソースや資金を注力する商品の見極めができるようになってきました。

今は父から継いだ業務用カット野菜の事業は少しずつ縮小しつつ、一般消費者向けにパウダー野菜や米粉の事業を拡大しています。会社の総売上が約1億2000万円、弁当事業を除いた6割のうち半分以上を今はカット野菜が占めているのですが、いずれはパウダー野菜や米粉がメインになればと思っています。

——カット野菜の事業を縮小しようと思った理由は何だったのでしょうか。

應和 我が社のカット野菜は、工場で手作業でカットしており、柔軟なニーズに対応できることが他社にない強みです。しかし、手作業は重労働ですし、技術や経験を持った人材が必要になります。使い道を考えても、今後どんどん市場が拡大するわけではありません。

一方、パウダー野菜は、現在はまだ主流ではないものの、ワクワク感や可能性は無限です。作業工数もカット野菜よりグンと減るので、スタッフに働きやすい環境を提供することにもつながります。米粉に関しても、昔よりニーズは格段に増えましたよね。

社会にニーズがあれば、会社は生き残る

——事業承継されてまだ短いですが、いずれ應和社長ご自身が「承継する側」になることはイメージできますか?

應和 会社を任せる先が自分の子どもだったとしてもそうでなかったとしても、その人が心から「継ぎたい」と思うまでは継がせないと思います。

小手先の戦略や戦術で会社を残すこと自体はそう難しくありません。ですが、私自身はそこまでして会社を残していくことには意味がないと思うんです。

私は今、本当に世の中のためになると思ってパウダー野菜の事業に注力しているのですが、もしうまくいかなかったときは、それは社会にとって必要がなかったんだなと思うはずです。私のビジョンや考えが世の中にとっての正解なのであれば、自然と生き残るでしょうからね。

そうして生き残っていった先に、私以上にビジョンを持って、違う発想で社会に貢献できることをやりたいという方が出てきたら、私は「どうぞお願いします」と言うと思います。

村ネットワーク

料理人として20店舗ほどの飲食店を経営していた前代表の小原秀樹氏が、地元の余剰野菜や規格外の野菜を買い取り、主に学校給食用にカット加工して販売する株式会社村ネットワークを2005年に創業。その後、野菜の栄養やおいしさをパウダー状に加工する野菜パウダーの開発を企画。出産後数カ月で家業に入った應和春香氏は、野菜パウダーの開発を託され、開発責任者を任されるように。無添加で100%野菜の素材だけで加工したパウダーが完成。應和春香氏は、2023年12月に代表取締役に就任。

取材・文/川島愛里

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賢者の選択 サクセッション編集部

賢者の選択サクセッションでは、⽇本経済の課題解決と発展のためには、ベンチャー企業の育成と併せて、これまでの⽇本の成⻑を⽀えてきた成熟企業∕中堅‧中⼩企業における事業承継をフックとした経営資源の再構築が必要であると考えています。 ビジネスを創り継ぐ「事業創継」という新しいコンセプトを提唱し、社会課題である事業承継問題に真摯に向き合うことで、様々な事業承継のケースを発信しています。 絶対解の存在しない事業承継において、受け継いだ経営者が事業を伸ばす きっかけとなる知⾒を集約していきます。

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