COLUMNコラム
絶対の処方箋がないからこそ、最大限の努力を/大塚久美子インタビュー#1
事業承継は多くのステークホルダーの利害が絡む繊細な作業である。時として思いもかけない混乱が生まれることもある。現在はクオリア・コンサルティングを経営している大塚久美子社長も大塚家具の社長を務めていた頃には事業承継に苦労した。
大塚社長は旧富士銀行(現みずほ銀行)を経て1994年に大塚家具に入り、10年ほど経営幹部として、創業者であり父の勝久社長と経営改革に取り組んだ。その後、大塚家具の経営から離れるが、リーマンショック後の2009年3月、社長として大塚家具に迎えられ、経営の立て直しに尽力した。
だが、2014年7月、勝久氏が社長に返り咲き、大塚氏は一旦社長を退任したものの2015年1月に社長に再任。その直後、勝久氏は大塚社長の退任を求める株主提案に踏み切り、会社と一部の株主が委任状を争奪するプロキシーファイトに発展した。
順調に承継を進めていたはずの会社はなぜ混乱に陥ったのか。事業承継を進める際、何に留意すべきかを聞いた。
目次
クオリア・コンサルティング〜変わりつつある住宅関連産業の知恵提供
――2020年に大塚家具の社長を退任された後、クオリア・コンサルティングで活動されていますが、どのようなサービスを提供されているのですか。
大塚 クオリア・コンサルティングは、私が大塚家具の経営企画や商品部などの部長・役員として10年働いた後に一旦、大塚家具を辞めて、2005年に作った会社です。 中堅企業の組織や社内教育の仕組みづくり、投資家向けの財務広報などのノウハウを提供していました。
その後、2009年から約11年の間、大塚家具の社長を務めました。その間、家具業界、住宅業界、建材業界など家具に関係するいろんな業界の人たちとの仕事に長く関わりましたので、退任後、クオリアを再開してからは、その業務経験をもとにコンサルティングをすることが増えています。
今、住宅業界は大きく変わりつつあります。人口が減り始め、住宅着工もどんどん減っています。それにつれて家具など周辺商材も売ろうとする住宅事業者も出てきており、どのように調達網を作り、販売、オペレーションするかというコンサルティングが増えているのです。
――住宅産業をどう変えていくかという戦略づくりをされているのですね。
大塚 住まいを建てる時に、住まい手にとっては、住みやすい環境をどうつくるかが大事です。住まいの構造物である床・壁・天井と、部屋の中に置く家具とをバラバラに考えているわけではありません。
消費者の側から見ると、それらを別々の業者から買う意味はありません。一方業界の立場で考えると、住宅関連産業のマーケット規模が縮小しているので、隣接業界に進出しようとします。
家具メーカーが住宅メーカーと提携したり、家電量販店がM&Aで住宅メーカーをグループに抱えたりして、住宅関連産業では周辺業界を巻き込んだ業界再編が起きています。住関連業界が住まい手にとってより良いものになるように貢献できればと思っています。
外部の介入に警戒を
――大塚家具時代の経験が生きているのですね。人口減少のもとで事業環境が変化する中、大塚家具の改革を進められましたが、大株主であるお父様から株主提案が出され、マスコミも取り上げるプロキシーファイト騒動に発展しました。何が原因だったのでしょうか。社長退任後にコンサルタントとして様々な例をご覧になっていると思います。その経験も踏まえてお話しいただけますか。
大塚 どんな会社でも、社内で意見の違いがあることは普通です。それが純粋に企業価値の向上を目的とした議論の延長線上にある限り、解決はできるものです。しかし、会社には様々な関係者(株主やステークホルダー)がいて、全ての人が会社のためだけを思って行動するわけではありません。そういう人たちが経営に関与する状況になると、問題は、何が会社にとってベストかの議論では解決しなくなってしまいます。
大塚家具の場合も、「経営戦略をめぐる対立」という構図で描かれましたが、実際は、既得権を失うことを恐れる関係者の反発が、外部コンサルタントの介入で株主提案までエスカレートしていったもので、論点として報道された「低価格路線」などの経営戦略も架空のものでした。
動機が「会社をよくするため」という本筋からそれるほど、主張を通すための手段も強引になってきます。そこに、会社を利用して、お金を儲けしようする外部の人たちが加わると、手段はさらに過激になります。勝つためには手段を選ばす、会社を傷つけるような手段でも使われることとなり、企業価値を棄損する結果となりかねません。
大塚家具の場合でも、コンサルタント主導で、マスコミを巻き込み「大塚家具は低価格路線に変更した。接客をしなくなった」などと事実でないことが喧伝されるなど、ブランドイメージは混乱し会社は大きく傷つきました。
――会社の周りには様々なステークホルダーが存在します。大塚家具で起きたことはどこでも起きる可能性がありますね。
大塚 マスコミを巻き込むところまで行くかはともかく、構造には共通のものがあると思います。会社も一つの社会です。
一人ひとりの利害があって、一人ひとりの生き残り策があります。おっしゃる通り、会社の長期的利益より短期的な自分の利益を守ることが重要な関係者がいてもおかしくない。そうした状況を利用して、会社からいかにお金を引き出すかを考える外部の人もいます。
そういう人たちが良くない形で結びついてしまうことは、経営者としては一番起きてほしくないことです。
事業承継に絶対大丈夫はない
――事業承継をスムーズに進めるのはどのようにすればいいと思われますか。
大塚 様々な手法や事例、考え方を知っておくことは大前提だと思いますが、その上で、こうすれば絶対大丈夫というものはないというのが経験に基づくリアリティ です。経営者があらゆることをコントロールできるわけではないからです。 例えばコロナ禍のような外部環境はコントロールできない最たるものです。外部の人がどう動くかも、100%コントロールできません。
ただ、会社が人の集まりであることを考えると、コミュニケーションの努力をすることで、理解を深めてもらうことはできるし、色々な手段を取ることで、うまくいく確率を上げることはできると思います。
経営は結果責任です。うまく行っても行かなくても、その責任は引き受けなければいけません。だとしても、できるだけ確率を上げられるように最大限の努力をしていくしかない、と考えています。
――「最大限の努力」としてはどんなことがあるでしょうか。
大塚 文字通りあらゆることですが、その前提として認識しておきたいのは、事業承継を考えるときに本質的な問題なのですが、法律などの制度は完璧ではないということです。
多くの人が「会社」というと「事業」を思い浮かべると思います。会社法によると会社は株主のものです。一方、事業は株主だけのものではなくて、サービス・商品を受け取る顧客も、そのサービス・商品を作っている社員も取引先もすべてステークホルダーです。
もっと広ければ、社会全体もステークホルダーかもしれません。事業にはいろんな人が関わっています。「事業」を承継しようとしても、会社法という制度においては、「会社」という器を中心にルールができています。
非上場企業の場合は「経営者=株主」であることが多いと思いますが、今の経営者である株主が、会社にとって最も重要な決定の権限を持っており、どのように事業を承継するかという権限を持っているのも今の経営者であり、今の株主です。
将来、会社に責任を持つ経営者でもなく、ステークホルダーでもないのです。現在の株主と将来のステークホルダーの間に考えのギャップがあるのは自然なことです。この認識からスタートすることが重要だと思っています。
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事業承継には、理性的・合理的ではない要素があることを受け入れる
――人は永遠に生きられませんので、先代は時期が来れば、事業をスムーズに受け渡そうと思うのではないですか。
大塚 今の経営者が、理性だけで動くのであればそうかもしれませんが、経営者とて人間です。そうはいかないことも多いのが現実です。1つ目のポイントはここにあります。
例えば自分が創業したり、自分が一生を注ぎ込んだりした会社の場合は、「会社=自分自身」という心理になるのは当然です。意識して変えない限りそうなるのではないでしょうか。
そういう方々にとって、会社は自分の体と同じですから、自分の体が他人のコントロールで動くと思ったら、それは気持ちが悪く、不安になり、恐怖さえ感じるでしょう。あるいはアイデンティティが失われるような気持ちになるのではないかと想像できます。
理性的にこの会社が今後もうまくいくようにと、子供や若い世代に経営を任せようと考え、話していても、心の中にはそうした不快感や不安があることがあるのです。その事実に本人すら気づいていないことはありますし、ましてや周囲の方は気づいていません。
何かしら強く反対・反発されるものの、話し合っても理由がよくわからないということがありますが、そういう時の反対・反発には、相手の心の中にある不安感だったり、落ち着きの悪さだったりが反映されているのかもしれません。スムーズに承継したいという意思が偽りではなくても、こうしたことは起きえます。
仕事の場面ですから、そうした場合の意見の相違でも論理的な議論で解決しようとするのが普通なのですが、原因が違うのでそれでは解決しません。 そうするとフラストレーションが溜まり、不信感も生まれ、心理的にも追い詰められていきます。そんな状況に陥ることが多いようにお見受けします。
経営は人間がやっている以上、そんなにすっきり行くものじゃない、むしろ合理的にはいかないのだと受け止めた方がやりやすくなり、知恵もわくかもしれません。そうした人間の本性を理解していることで打ち手も多くなり、自分の気持ちも追い詰められなくて済むのではないでしょうか。
事業承継が後戻りしないスキームづくりを
――そもそも事業を引き渡す側は高齢です。個人差は大きいですが、思い違いや考えが変わってくることがあります。確かに理性的な合意が難しいかもしれませんね。
大塚 そうですね。ただでさえ、事業承継は精神的にも大きな影響があり、気持ちが揺れることもあります。保有株をどのように移転するか、会社の経営方針をどのように変えていくかといった事業承継に関わる合意事項はたくさんあります。いったん合意したことを忘れたり、気が変わったりすると、事業承継の手続きが後戻りしてしまいます。
そうなった時の経済的損失が大きいのも事業承継の特性です。それを防ぐにはたとえ仲の良い家族や親族であっても、この分野に強い弁護士さんらに入ってもらい、後戻りしないスキームをつくるべきです。これが2つ目のポイントです。
――ちゃんとコミュニケーションができているように見えても、できないのが人間です。それでもお互いに理解を深めなくてはなりません。何が必要でしょうか。
大塚 コミュニケーションしながら、一つの方向に向かっていく時に重要なのは、共通の利益である会社を大事に思う気持ちだと思います。 会社を大事に思う気持ちが唯一の縁(よすが)です。逆に言えば、大事なことを決める時に、その共通の気持ちを持ってない外部の人が介入するのが一番怖いことです。
会社が重要な戦略を練る場合には、弁護士、会計士、税理士、コンサルタントらの専門的な知恵を借りることは避けられません。彼らは、当然、クライアントである会社の利益を第一に考えて仕事をしてくれるのですが、中には自分の利益が優先するような人もいます。
また、こうした専門家が、一部の株主やステークホルダーの方と組んでしまうと、非常に不幸なことになります。繰り返しになりますが、そこは警戒すべきところです。これが3つ目のポイントです。
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絶対がないからこそ努力を続ける
――事実と違う内容を報道するマスコミが経営を混乱させることもあります。どう対応できるのでしょうか。
大塚 大塚家具の場合は、会社と敵対する陣営のコンサルタントの側に、マスコミを上手に誘導して混乱を作り出そうとする戦略があって 、それにマスコミが乗せられてしまいました。その結果、会社はデマに悩まされました。先手を取られ、先にメディアに流されてしまうと、挽回は難しいのが現実です。
会社が出すプレスリリースの内容は、会社法により、真実であることが求められます。会社の経営者が嘘をつくと当然違法となります。更に、上場していれば、重要なリリースは証券取引所がその内容をチェックします。
一方、株主は一個人にすぎず、会社法などに縛られません。プレスリリースに事実でないことを書いて発表しても会社法などで罰せられません。内容が名誉毀損にあたれば、後で民事訴訟を起こすことはできますが、嘘=名誉毀損ではありませんし、広くメディアに出た後では効果もわずかです。
本来、メディアは会社が発表したものと、個人が発表したものとの 信頼性の差異を考慮すべきなのですが、マスコミはそのまま同じように記事にしてしまいます。それがとても残念でした。
――ちゃんと取材して、正確な記事を書いてくれと言うしか術がないのが現実ですか。
大塚 そうですね。メディアの倫理の問題ですが、出てしまうものは出てしまうわけです。そういう意味では、メディア戦略は先手必勝、後手に回ると勝率は大きく下がります。ただ先手を取られたとしても努力をするのとしないのとでは、影響の度合いは違うと思います。
メディア対応だけでなく経営に絶対というものは何もなく、うまくいく確率を上げるために、あらゆる努力を尽くしていくことしかできません。
事業承継についても成功する確率を上げるための努力をやり続けるだけです。事業承継特有の問題についても普段から情報収集をし、勉強をして、心の準備もして、成功する確率を上げるために努力しなければなりません。努力をすることによって、いい結果が得られる確率は絶対に高まるからです。まさに「人事を尽くして天命を待つ」です。
後編|「待ったなしの女性が事業承継しやすい社会づくり」はこちら
(文・構成/安井孝之)
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