COLUMNコラム

TOP 経営戦略 二代目CEOとしてのビジョンと社内改革――「1ホテル1イノベーション」の源泉はどこにあるのか⁉ /元谷一志インタビュー♯2
S経営戦略

二代目CEOとしてのビジョンと社内改革――「1ホテル1イノベーション」の源泉はどこにあるのか⁉ /元谷一志インタビュー♯2

様々なプレッシャーを乗り越えてCEOに就任。1年2カ月というわずかな期間で成しえたことと、今後50年に向けて。

――2004年にグループ専務取締役に就任され、2012年にアパグループ株式会社代表取締役社長、最高財務責任者、グローバル事業本部長を歴任されます。急速な事業成長をどのように捉えていらっしゃいましたか。


元谷 家業に戻ってから2023年6月現在、部屋数は33倍以上になり11万室を超えました。先代の手腕が素晴らしかったのは言うまでもありませんが、タネ雪作りに貢献できた自負はあります。ただ、私はCEOに就任するまで忠実な参謀に徹していました。我を出さず、父への返事は「はい、イエス、喜んで」が基本。自分としては別の考えがあっても、そこで争うと企業のベクトルが弱まり、推進力も鈍ってしまう。口には出さず心にあるノートに書き留めて、私がしかるべき立場になった時に実行しようと考えていました。

時機到来-新CEOとしての事業戦略

――では、実行の時が来たわけですね。

元谷 この1年、時代に即して着々と改革を行ってきました。ひとつはリスク分散です。先代の事業戦略は都心集中型でしたが、震災リスクを鑑みると全国に20ある政令市には手を広げておきたい。広島駅前のドミナント戦略(集中出店)もその一環です。現状は2棟のホテルを運営していますが、2026年春までに5棟に拡大します。

 感染症や天災で会社が潰れたというのは言い訳に過ぎません。どんな不測の事態が起きようとも会社を存続させるにはどうすればよいか、あらゆることを想定外から想定内へ考える必要があります。新型コロナウイルスのパンデミックでは、平時においてはホテル、有事においてはホスピタルというハイブリッドな対応で社会インフラの一つとして周知されました。仮に富士山が爆発して東京が壊滅的になろうとも、南海トラフ地震で大阪や名古屋が甚大な被害に見舞われようとも、どこかに復興拠点を作ってすぐに回復させる。有事であっても、大局観を持って冷静に対処することが必要です。想定外のリスクを想定内にするために全力で取り組んでいます。

二代目CEO独自の社内改革 「TCOG」経営とは

――その他、新CEOとして試みている変革を教えていただけますか。

元谷 やはり父と同じことをやっては駄目だろうと。父は創業から50年連続黒字を成し遂げた著名な経営者で、それに比類するカリスマは持てない。そこで掲げたのが「TCOG(Triangle Center of Gravity)」経営です。三角形の重心に自分が位置して旋回し、最速最短で従業員に熱を伝えて感化させる。サッカーでいえばボランチ(レジスタ)ですね。レジスタで好きなのは元イタリア代表でACミランやユベントスで活躍したアンドレア・ピルロです。ピルロは高精度のロングパスで中盤の底という深い位置から、チームの攻撃の起点を創り、チーム全体の攻撃戦術をコントロールすることができる唯一無二の選手でした。ACミランでは「ピルロシステム」と呼ばれるピルロを起点としたピッチ上の戦略が組まれるほど卓越していました。弊社でそのような存在になれるように努力したいと思います。私自身がただ一方的に発信するのではなくて、君たちはどう感じたのかをインタラクティブにフィードバックしてほしい。フィードバックすることで、次の一手を素早く展開したい。

 そのために導入したのがビジネスチャット「Slack」でして、DM(ダイレクトメッセージ)は現代の目安箱に等しいと思います。Slack上にホテル会議の共有広場を作り、会議と並行して支配人に自由に発信させると、私が発信したものをどう受け止めたかがライブでわかる。いわゆるインタラクティブ会議です。そこでの反応から支配人自身の能力やスキルがよく分かるので、トップ1人が見る限界は150人ぐらいと一般的に言われますけれども、それ以上の視野を持つことができます。

――絶対君主制のオーナー企業もありますが、双方向を重視されているのですね。

元谷 自分がもし逆の立場だったら、と常に考えるようにしています。今は「360度評価」で、私は選ぶ立場であり、選ばれる立場でもあります。もちろん私が間違っていることもあると思いますし、考えもつかなかったアイディアが従業員から寄せられる場合もあります。経済合理性に基づく良い提案かを検討しつつ、イノベーションに繋げていければと。

 CEO就任の直前でしたが、アイディア創生のためにオフィスのデザインも一新しました。以前はいかにも昭和的なスクール形式のレイアウトで、そこでの仕事は発想が貧困で行き詰まることが多くなりました。ハンモックチェアやブレインストーミング用の環境に配慮したバイオエタノール暖炉をオフィス用に採用し、新しい発想を引き出す一助となるようガラッと一新しました。

イノベーションの源泉 「Think Globally、Act Locally」の視点


――それこそ元谷CEOは「1ホテル1イノベーション」を掲げて、枕元に調光機能等を集約した「おやすみスイッチ」などを実現させていらっしゃいます。豊かなアイディアの源泉を教えていただけますか。

元谷 私が大切にしていることは、「Think Globally、 Act Locally」の視点です。客室ユニットバス内の洗面において、コンタクトレンズが落ちないように排水溝の網の目を細かくしたり、ブラシと櫛を一体化したりと、小さな気づきがイノベーションに繋がります。目まぐるしいマウスイヤーの現代では、毎回新しい要素を入れないと顧客は飽きてしまう。他社が真似するときにはその一歩先を行く。アパホテルへ行けば必ず最先端のものに出会えるというのは、リピーターになる一つの要素になり得ます。

 とくに現在の弊社は、観光立国を目指す日本経済の推進役として5年、10年先にどうあるべきかが問われています。人口減少社会で内需が厳しい今、観光業は外需を取り込める貴重な業界であると思います。私は「日本のイタリア化」と呼んでいるのですが、我が国はイタリアと同じで、観光資源が整い、気候が温暖で世界遺産等もあり、食も美味しいが、財政が厳しい。イタリアが観光立国としてどういった取り組みをしているかを参考にすべきだと考えています。

――訪日外国人観光客に向けた具体的な施策を教えていただけますか?

元谷 非常に示唆的なデータがありまして、今年の4月の第2週土曜日に、運営を再開した東新宿歌舞伎町タワーの顧客のうち、実に92%が訪日客でした。それも内訳が北米で22%、ユーロで22%、日本を除くアジアで23%、オセアニアで8%、中米で3%、残りの南米とアフリカで14%と、非常に分散していました。国により、様々な宗教や好みの色調がある中で、どれだけ各国のニーズを掴めるかが勝負を分ける時代となりました。

 訪日外国人旅行者との、コミュニケーションの壁はやはり言語ですから、齟齬そごが生じず、瞬時に意思疎通できるように、万国共通のピクトグラムのホテル版を第一弾として、353種類作成しています。これをスタンダードにして、他のホテルに普及させていければ良いと思います。また、最近では客室内の調光にも実験をしています。海外のホテルに行くと照明が非常に暗く感じるのですが、これは西洋人の瞳孔にとって、日本人が心地よいと思う光は明るすぎるためなので、暗めに照度を落としています。ひょっとしたら、西洋東洋だけではなく、様々な国によってその尺度は異なるかもしれません。顧客自身が室内照明を調光できるようにすれば、より痒いところに手が届くイノベーションであろうと考えています。やはり、世界各国のホテルを実際に訪れる宿泊することで得られる発見は多いですね。


――ご自身の「体験」がイノベーションに紐づいていらっしゃる印象です。

元谷 体験は何事にも勝りますから。人は死ぬ直前に後悔しないためには、所有欲より体験欲を満たすべきだと思っています。私が以前お会いしたヨネックスの米山会長の金言で、「できるだけ一流に触れなさい。触れた分だけ人生が豊かになるから」と仰っていただきました。人によって一流の定義は違いますが、唯一無二のものに出逢い、五感で感じて脳に吸収されることで、深い満足感を得ることが「一流に触れること」ではないかと個人的には思っています。

これまでで非常にドーパミンが出た体験は「100㎞ウォーク」ですね。24時間かけてひたすら一昼夜歩く大会です。すでに私は7回完歩していまして、2016年に参加した大会は広島の安芸太田から島根の益田まで中国山脈を横断しました。高低差が箱根以上にあり、心身ともに限界に追い込まれますが、真夜中に広島と島根の県境で蛍の群生と出会うなど、歩ききった者にしかたどり着けない境地がある、とても心が震える貴重な体験でした。

時代にアジャストし続けるたゆみない努力

――いつか迎える三代目への承継について、ビジョンを聞かせてください。

元谷 私自身が時代の変化に対応できなくなった時が、代替わりの時期です。常に変化し続けることは非常に脳を疲弊させますし、事実、私も追いつくのに必死です。しかしトップが前例踏襲で事業を行えば、会社はきっと衰退の一途をたどってしまうでしょう。

また、社長の器以上に会社は大きくなりません。私の考えでは、人間としての伸びしろは20歳までにどれだけ心身ともに負荷がかかったかで決まります。親として、子どもの器を広げるにふさわしい環境をいかに用意できるか。長男は現在高校生でして、甲子園を目指して静岡で野球に打ち込んでいます。中高一貫校や野球強豪有名大学の附属に進学させる選択肢もありましたが、それでは理不尽さがなく、心身ともに成長しないなと感じたので止めました。

――「理不尽」が器を育てていくということでしょうか。

元谷 事業承継とは、理不尽なことをいかに勉強するかだと思います。受け入れて遂行し、耐え忍んだ分の恩恵を享受する。野球の世界は上下関係が厳しいですし、自分の才能を認めてくれる指導者もいれば、そうではないコーチもいる。「人は複眼的に見るんだな」と学べるいい機会ですし、勝利に向かって突き進む強化方法でも、ピッチャーを中心に守備を固める強化方法や、ひたすら重いバットを振って強力打線を作る強化方法などと、実に様々な強化アプローチがある。これはビジネスにも相通じます。15歳で親元を離れてやっていくのも貴重な社会経験ですので、地方から見た都会、都会から見た地方という視点は、「どう複眼的に見えるか」を見る目を養うことになり成長を切に願っています。

――最後に、事業承継を控えた読者へメッセージをお願いいたします。

元谷 職人の世界もそうですが、親方の味を盗み、そこに自分のオリジナリティを加味していかなければ一流にはなれません。重要なのは常に試行錯誤すること。ロボットが握った寿司がミシュランの三ツ星をとれるかといえば、精度がどれほど高まっても高単価販売にはきっと至らないでしょう。それは、魂が入っていないからです。猿真似で一時は時代にアジャストできても、マーケットも働く人も常に変化し続けています。固定観念を持たずに時代にアジャストし続けることが、どれほど困難で大切なことか。

1日1初見を経験し続けることが、知見を広げることになります。例えば、コンビニで定番を買うのではなく、新商品を試すことです。結果的にアイディアを生む土壌となり得るので、常に頭を刺激させることで新しい創造力がどんどん培われるでしょう。それを肝に銘じて常に実行してほしいと思います。「いつものアレ」は考えない癖がつき、脳を退化させることになるのです。

(まとめ)

日本最大級のホテルチェーンを牽引し続けるCEOに、実際に行っている施策から社内改革まで、惜しみなく語っていただいた。この学びは、同じ業界ならずとも、ぜひ参考にされたい。


前編|「アパグループの事業承継」はこちら

FacebookTwitterLine

アパグループ 社長兼最高経営責任者(CEO) 元谷 一志

1971年4月20日福井県生まれ。石川県出身。1990年石川県立金沢二水高等学校卒業。1995年学習院大学経済学部経営学科卒業。住友銀行にて5年間勤務した後、1999年11月アパホテル株式会社常務取締役として入社。2004年に専務取締役に就任した後、2012年5月にアパグループ株式会社代表取締役社長に就任し、グループ専務取締役最高財務責任者、グローバル事業本部長を歴任。2022年4月アパグループ社長兼最高経営責任者(CEO)に就任し、現在に至る。

記事一覧ページへ戻る