COLUMNコラム

TOP 経営戦略 「GOする?」タクシー業界の常識を変えたアプリ 34歳で社長になった仕掛け人、祖父は野獣のような「昭和のタクシー王」
S経営戦略

「GOする?」タクシー業界の常識を変えたアプリ 34歳で社長になった仕掛け人、祖父は野獣のような「昭和のタクシー王」

タクシーが劇的な進化を遂げている。タクシーアプリ「GO」の登場により、スマートフォン一つで簡単に呼べ、支払いも瞬時にできるようになった。その「GO」の仕掛け人が、業界で売り上げNO.1のタクシー会社「日本交通」(東京都千代田区)の3代目社長だった川鍋一朗氏だ。業界最年少の34歳で家業を継ぎ、経営難だった日本交通を立て直した。タクシーならではの特別なサービスを次々と生み出し、若いドライバーを育てている。事業承継でイノベーションを生み出した、日本交通の経営戦略について、川鍋氏に迫った。

業界の常識を変えた「GO」アプリ

——川鍋さんが手がけたタクシーアプリの「GO」は、本当に便利なアプリですね。

川鍋 このアプリは、「タクシー呼ぶ?」じゃなくて「GOする?」って言われたいのです。「GOする?」っていうのを一般動詞にするまで頑張りたい。

——何よりありがたいのが、乗った瞬間にスマホを置けば支払いをしなくて済み、領主書も不要になります。

川鍋 そうなんです。お金を払う時間とかレシートをもらう時間に、イライラしますよね。

——「GO」はそれがないんで、いわゆるカスタマーペインと呼ばれる忙しいお客さんが一番悩んでいるところを完全に解消しましたね。

川鍋 二十何年タクシーやって振り返ると、先輩方に「これは認める」って言われるのは、やはり決済絡みの案件です。最初はクレジットカードを、業界の先陣を切って日本交通で入れ、次はSuicaを入れました。そしたら「あれは楽だよ」って高い評価を受け、次は絶対アプリだと。

——エンベデッドファイナンス(※自社サービスに金融機能を組み込むこと)は、これから日本でとても重要になります。日本の先駆けが「GO」であり、フィンテック(※金融とIT技術を結びつけた革新的サービス)の最先端ですね。

川鍋 ありがとうございます。いろんな方にそう言っていただいてすごく嬉しいです。自分としては、フィンテック狙いではなかったのですが、さらに発展させたいと思っています。近い将来、顔認証もできるでしょう。

「タクシー王」の祖父から「お前が3代目」と言われて

日本交通の歴史は1928年、初代川鍋秋蔵氏が運転する1台のハイヤーから始まった。1945年には東京のタクシー事業者を取りまとめ、その後、日本一の規模に。遠くからでもタクシーとわかる「看板灯」や乗務員の教育施設を作るなど、秋蔵氏は常に業界初と言われる変革を続け、「タクシー王」と呼ばれた。

——「タクシー王」と呼ばれたお祖父さんはどういう方だったのですか?

川鍋 自分にとっては、庭でサッカーをしていて盆栽にボールを当てると「こらぁ!」と怒られる怖いおじちゃん。私が中学2年まで存命でしたが、祖父にしょっちゅう呼ばれては「お前が3代目だ、頑張れ」と言われていました。

ある意味洗脳されていて、本当に中学高校ぐらいからとにかく「社長になるにはどうしたらいいかな」とばっかり考えてきました。

——慶応大学を卒業し、アメリカに留学した後、世界ナンバーワンのコンサルティングファーム「マッキンゼー」に入られて。

川鍋 幼稚舎からずっと慶応で、本当に勉強や受験をまともに1回もしてないのです。高校・大学と体育会系スキー部で、右脳系の気合と根性は鍛えられた気がします。

でも、さすがに「気合と根性だけで社長ってやばくね?」と思って、左脳を鍛えるような手段としてMBAっていうバッチを見つけ、大学1年生ぐらいから卒業後はビジネススクールに行くことは決めていました。

それは日本交通の社長になるためです。私の祖父が創業した30歳までは「外で修行」。30歳からが本番と捉えていました。

アニマルスピリット丸出しの祖父

——お祖父さまは、どのような経歴だったのでしょう。

川鍋 もともと鉄道の整備をしていたので、1920年代の最先端テクノロジーの自動車の整備もできると思い、自動車整備もしていました。すると、「川崎造船の運転手として行け」と言われたようです。

当時の運転手は結構高給取りで、川崎造船に10年間勤めました。ここは祖父のポジティブなとこですが、「後ろに乗せている日本を代表する大金持ちと、イチ運転手の自分。人間としてそんな大きな差はないんじゃないかと思った」と。運転手って、結構プライベートとかが分かりますから。

——大金持ちも外面はすごいけれど…というわけですか。

川鍋 中身は、人間臭くて、怒ったり、泣いたり、いびきかいたりね。それで、自分にもできるかもしれないと思って、30歳で独立したらしいです

タクシーの行灯を作ったり、アメリカの状況を見てどんどん輸入したりして。当時のベンチャーですよね。しかも、ある時期から自動車に関する競合他社が一気に増えてきた。すると、周り中に声をかけて買収にかかりました。

——行動力がありますね。

川鍋 やっぱりワイルドだし、「アニマルスピリット」丸出しです。今、祖父がもし生きていたら、「一朗、お前まだタクシーやってんの?」って鼻で笑われるかもしれません。

もしくは「とっとと買収して、何かもうWeb3でもやんなきゃ」みたいに言われるんじゃないかって。

そうした祖父のマインドを考えると、もういくら変えてもいい、むしろ変えないと祖父に失礼だと思うようになりました。

3代目にはいきなり「ガンダム」

——「アニマルスピリット」という感覚があるんですね。

川鍋 3代目になると、多くの創業家社長は牙を抜かれがちです。敷かれたレールで、身内と集まっていると、それでいいような感じになります。これが危ないと思います。

——3代目や4代目の経営者で集まると、そうなりがちですか。

川鍋 友達としてご飯を食べに行ったり、旅行に行ったりするのは最高です。でも、それでいい感覚に陥っちゃうんですよね。

だから、2代目や3代目の継承者に必要なのは、やはりアニマルスピリットです。それは自然には身に付かない。ビジネスの世界は弱肉強食で、ベンチャーは最初に丸腰で戦場に行って、落ちている剣を拾って戦うところから始まります。

でも3代目は、じいちゃんの基盤を引き続いだら、そこにガンダムがあって、いきなりガンダム乗って「アムロ行きます」って、周りをケチらせます。それぐらい、既存ビジネスの有無で全然違います。

その環境をいかにアニマルスピリットで「抜けるか」というのが大きな命題だと思いますね。

川鍋一朗氏プロフィール

1970年、東京生まれ。 1993年、慶応大学経済学部卒業。 1997年、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了、MBA取得。1997年、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンに入社し、コンサルタントして活躍。2000年6月、家業の日本交通株式会社に入社。2001年に専務、2004年に副社長を経て、2005年に業界最年少の34歳で代表取締役社長就任。大きな負債を抱えていた会社を大胆な経営改革で立て直す。2015年、代表取締役会長に就任。20年、JapanTaxi社とDeNAの「MOV」事業などを統合し誕生したMobility Technologies会長に就任。タクシーアプリ「GO」をリリース。23年8月、取締役となった。

FacebookTwitterLine

賢者の選択サクセッション編集部

日本の社会課題である事業承継問題を解決するため、ビジネスを創り・受け継ぐ立場の事例から「事業創継」の在り方を探る事業承継総合メディア「賢者の選択サクセッション」。事業創継を成し遂げた“賢者”と共に考えるテレビ番組「賢者の選択サクセッション」も放送中。

記事一覧ページへ戻る